記念日
- 2008/06/16(月) 23:34:18

今日12回目の結婚記念日
でも、昨日は父の日
そして、今日は主人の誕生日
何が優先されるかと言うと
先ずは『父の日』
そして、主人の『誕生日』
後は・・・何だっけ?
こんな感じです
夕べ『父の日』にお寿司を用意したので、
便乗して、赤ワイン飲みました
ささやかな、私自身への贈り物です
記念日を忘れずに祝ってもらおうなんて
花1輪でも良いから、買ってきてくれないかなぁ
なんて
期待していた私が、可笑しいです^^;
子供達は『誕生日』にはケーキを食べるものだと思っているらしく
先ずはケーキ!
と言うことで、ケーキを買いに行くことになりましたが
主人の好みのケーキと
子供達が好みのケーキを購入
そして、私が選んだケーキはチーズパイ
ほんのりレモンの香りと、すっぱさが爽やかなパイでした
結局、いつの日でも
何処へ行っても
家族が優先
そんな考えをしてる私が居ます
つくづく、それを感じた1日でした
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気持ちの変化
- 2008/06/14(土) 15:28:18

主人の両親が北へ帰り
またいつもの4人の生活に戻った
主人の様子は相変わらず
両親からの忠告もあっただろうけれど、
素直になれない自身も居て、
恐らく、急に自分を変えていくことは無理なんだろうと思う
そして、元々6人家族の中で育ってきた私は
2人が居なくなって、急に寂しささえ感じてしまった
お互い違う生活リズムでくたびれていたはずなのに
疲れていたはずなのに
しばしその空虚さは残っていた
でも、一番は、やはり、私の味方が居なくなってしまった・・・
と言う寂しさだったのかもしれない
しかし、そんな感傷に浸っている間も無く、時は確実に流れ
私も家族も日々変化していく
ずっと逢えずにいたお友達と半年振りくらいに再会した
今までずっと私のことを心配し、いつもどこかで勇気付けていてくれていた
そんな彼との再会
今までの私なら、異性の友達に逢うのに、むしろ後ろめたさを感じていたはずなのに、
この日は、ただ『逢いたい』と言う気持ちで彼と逢った
彼の優しさに包まれ、短い時間ではあったけれど、
一緒に食事をして、時間が足りないくらい話をした
そして、妙に落ち着いている私を見つけた
『また、逢いたいな・・・』
私の中に2人の夢子が現れるようになった
主婦であり、母である私
そして、夢子自身でいられる私
どちらも演じているわけではない
どちらも、ごくごく当たり前に、私の中に存在するようになった
今までのためらいは無い
主人に対して、愛情が無くなったと言うわけでもない
ただ、もう、一生懸命に『愛』を作ろうとしなくていいのかな?と
今まで、意識的にスキンシップを試みたり、
言葉を投げかけてみたり、
2人を夫婦として繫ぎ止めて置くのには、大事な事なのかなと
努めて来たけれど、
もう、そんな努力はしなくて良いのかな?と
私達には私達の夫婦のあり方があって、
今のままで良いんじゃないのかなと
そんな風に思えてきたのだ
だから、
これからは私自身で居ることがあっても良いのかな?
と、そんなことを考えるようになった
そうなると、主人のイライラにも
主人の怒り様にも『仕方ない・・・』と思えるようになった
夫婦のあり方について、
少しずつ考えが変わってきた私
明後日結婚12周年を迎える
忘れてきたものの埋め合わせ
- 2008/06/01(日) 23:54:36

先月15日から、主人の両親が遠方より遊びに来ている
毎年夏休みには、どうにかこうにか安いチケットを手に入れ、
家族4人で北へ出掛けているのだけれど、
今回は、主人の『うつ病』のこともあって、
向こうから遊びに来てくれた
昨年11月から12月に主人の『うつ病』が発覚し、
以来月に1回程度のメディカルクリニックへの通院が始まった
この頃は落ち着いていたのだけれど、
通院初めの頃は、発作的に躁状態になり、泣き出したり、大声を出したり
子供達と一緒に怯える日々もあった
そんな話を主人の母にもしたものだから、
気にしていてくれて、3月に来るはずが延期になったけれど
5月の子供達の運動会を見るという口実も付けて遊びに来てくれた
主人の『うつ病』から、少しずつ、主人の内面が外へ出てくるようになった
鍵っ子だった小さい頃の寂しかった気持ち
親代わりのように育ててくれた、祖母や、叔父が亡くなったことへの計り知れない悲しみ
主人の中に、両親への憎しみや、怒りが
この機会に爆発したりした
病気のせいとも、過去に忘れてきた感情とも
受け取れる主人の行為
押さえ切れない、溜ったものが『バカヤロウ!』と言う罵声と共に
焼酎グラスを壁に投げつけた
妙に冷静に、その親子喧嘩らしき口論を見ていた私
遅れてやってきた反抗期?
親に甘えたかった時期に甘えられなかったその鬱憤?
実の両親を『生みの親』と私に告げた主人
主人にとって、育ての親は、近くに住んでいた祖母であり、叔父達だった
その両方ともが、立て続けにこの世を去った
そのショックも主人にとっては大きかった
実の親子でも
解かり合えないままに過ごしてきた時間は
いつまでも消えることなく、
いつまでも辛い思い出となって心に残るのだろうか?
その埋められなかった時間を
この義父母の滞在は、少し変えてくれたのだろうか?
生身の身体で、言葉で、
ぶつかり合うことが出来たことは、
やはり、少しでも前進出来た事のようにも思う
妙に冷静にこの一部始終を見ていた私は
必然的に、自分と子供達との関係に置き換えてしまう
母親と子供の距離
父親と子供達との距離
主人は自分を乗り越えて、子供達との距離を上手く保つことが出来るのだろうか?
私はどうだろうか?
主人の母は言っていた
『自分では、気付かないうちに、息子には寂しい思いをさせてきていたんだなんて、今の今まで気付かなかった・・・』と
色々な情報がある分、私はそれに少し早く気付くことが出来ていた
人は、いくつになっても、忘れてきたものは取り戻そうとするものだ
遅れても良いから、
気付いて埋め合わせ出来る事が心の安定にも繋がるのではないだろうか?
実はそんなことを考えながら、
義父母の訪問を待ち望んでいたのは私なのだ
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