あっちを立てれば、こっちが立たず・・・

  • 2008/03/31(月) 14:46:55

昔子供だった頃
実家が商店を営んでいたせいもあって
ご近所付き合いは当たり前にされてた
何か夕飯におかずを作れば、
お皿でお裾分けが回って来る
また、そのお皿に違うものを乗せて、お返しに行く

ご近所の庭に綺麗な花が咲いたなら
一声掛けて、数本いただいてくる
子供の頃から、そんな中に居ると
ご近所さんの庭の中にちょっとした野花があったりすると
「おばちゃん、このお花ちょっとちょうだい?」と声をかけて
貰ってきたりする

近所の畑に野良仕事をしに来たおばあちゃんは
お茶菓子のおせんべいを分けてくれたりする

いつも近所の誰かが、子供を見てくれていて、
何かあれば、「〜さん家の〜ちゃん」と知られていて
街中が子供の名前でごった返していた

なのに、今
3〜4件先の子供の名前すら判らない
苗字でさえままならず
ご近所付き合いより、遠くのお友達付き合いの方が役に立つ

お隣なのに、雨の中子供が庭先に立っていても
知らぬ振り
前に、一度逆の立場で家に子供を上げておいたら、
その子の親は『余計なことをしてくれて…』みたいな感じで
その日のうちに菓子折り持ってお礼に来た
そんなことをして欲しくてしたんじゃないけれど
なんだかそれ以来、見て見ぬ振りになってしまったような・・・

そんな風にされると、自分の子供は預けられないと思う
ちょっとの間なのに
ちょっと甘えられるのがご近所付き合い
っと思っていた私には大きなギャップだった

いたずら電話
嫌がらせ的行動、態度
全て10年間でクリアした
それで、受け入れたこと・・・関心持たないこと

夕べ、仲良くしてるお友達からメールが来た
何でもお隣さんとの車の駐車位置のトラブルだとか
どう見ても当たってしまう位置に鼻先を出して止めているお隣さんの車
その鼻先にお友達のバックした車がこすりそうになったとか
それにご立腹、お隣さんがそれを態度で示してきたと言う
狭い場所に大きな車を停めてお互い譲り合っての生活なのに
『ここは私の場所』的考えからなのか?
どう思う?!?

っとお友達のメールにどう答えて良いものやら・・・
どっちもどっち?
その物的問題以前に、やっぱり人としてのコミュニケーションが不足なのかな?
偉そうなことを言えない私だけれど、
どんなことも、根底にはココロの繋がりの問題があるように思う

お世辞でも、おべっかでもなく
自然に、相手を褒める、相手を気持ちよくさせる技が身に着けられたら
もっと良い人間関係が生まれる気がするんだけれど





あれから考えたこと

  • 2008/02/14(木) 09:36:28

主人が『うつ』になって
どうやって接したらいいのか?
主治医の先生にも聞いてみたけれど、
主人本人の同意がなければ、夫婦と言えども
プライバシーに関わることなので、何もお伝えできない
と言われた

病気を治してあげたいと言う気持ちはあるのだけれど、
性格的なものまで考えると、なかなか自分だけの考えで、行動することはできないと言う
厄介な『病』だ
これからも何度も波はやってくるだろうけれど、
私なりに考えてみた

初めに『うつ』を持つ人が書いているブログを読ませていただいた
色々と参考になることがあって
そこから気付いたこと
1.普通の人は80%で生きてるのに対して、
『頑張ることが好きな人』は常に120%で生きてるんだということ

2.それだからこそ、普通の人より、疲れやすい
普通の人の何倍も何倍も体を休めて、疲れないようにすることが大事だと言うこと

3.『頑張る』ことが好きで仕方がないから、何か毎日できる小さなことを見つけて、少しずつ続けていくことも助けになると言うこと

4.脳の病気でもあるということ
脳が萎縮して、記憶の海馬や、感情のコントロールに影響を与えていると言うこと


次に主人の生い立ちを振り返ってみた
子供の頃の寂しさ、それが彼を強くし、そのことが逆に、人に甘えることのできない、人に頼ることができない性格を培ってきたこと

こういうことをミックスして考えてみたら、
私の中の整理がついて来た

薬については主治医に頼るしかない
でも、他の事についてはもしかしたら、助けられるかも知れないと
発作が起こった時は、じっと側に居て見守ってみよう
家の中ではできるだけ楽しい雰囲気
主人がストレスを感じないようにしてみよう

そう考えたら、
なるようになったら良い
自然体で行ったら良い
そう思えるようになった

普通の人だって、考え方を改めさせることは至難の技なのに、
病気の人の心や考え方を改めさせることなんて更に難しいのだから
変わろうとするチャンスを与え続けることが大事なんだから
そう思ったら、
主人への不安や、怒りが消えていった

人間関係って、そういうものなんだよ
って、神様が教えてくれている試練なのかもしれないな^^





柔らかな心

  • 2007/11/11(日) 23:11:34

柔らかなココロって
とても大事なんだなって
この頃実感

このストレスの多い昨今
精神病に悩む人は少なくないと聞く
私自身も子育てに、人間関係に
疲れ、イライラして、キレて
その繰り返し
でも、結局、真面目なのよね
どうしても真面目に、真剣に構えるから
上手く行かないと罪悪感
落ち込み
思うように行かない苛立ち
『自分はダメだな・・・』って

でもね、本当はもっと柔らかいココロを持って良いんじゃないのかな?
上手く行かなくたって
時々サボったって
時々不真面目に、ズルしたって
その時々、選択しても良いんじゃないかな?って
『失敗しちゃったけど、これも私』
『これ以上無理みたいだけれど、これも私』
みんな、柔らかいココロで自分自身を受け入れちゃえばいいのよね
だって、自分自信を大事に出来るのって
やっぱり、自分自身が一番なんだもの

自分自身を柔らかいココロで認められたら、
きっとまた、他人には更に優しく接することが出来ると思う
自分自身がカチコチになっては良くないのかもしれない
時にはギブ・アップしてみようよ・・・ね^^





離婚の原因

  • 2007/09/26(水) 00:27:16

私が昔勤めていた所の上司が
離婚の理由なんてほんの日常の些細なことにあるんだよ
と教えてくれた

それは味噌汁の具のわかめがお椀の外に張り付いていた
ただ、それだけでも離婚の引き金になるんだ
と教えてくれた

もちろんそこまでに積み重なるものもあったのだろうけれど
引き金はホントに些細なことかもしれない

近所に2件の離婚があった
1件は単身赴任の留守中に奥さんが他の男性と仲良くなって
帰宅した主人も家に入れてもらえなかったらしい

もう1件は子供が生まれてお互いの自由が奪われたこと
どちらも遊びたい
だから、どちらかが子供の面倒を見る
どちらも面倒を見たくない
別々に遊びたい・・・

よく解からないけれど、
「僕達の未来」のように、言ってはいけない一言をビールの1杯で
飲み込めばよかったのに・・・
夫婦だって所詮、人と人
もう少しお互いのことを思いやったら良かったのにね
夫婦だからって、少しは気を遣えば良いのにね

『親しき仲にも礼儀あり』

折角、一緒になった2人だもの
長いこと大事にしなくちゃいけないんじゃないかな
って、思うんだ





色んな人がいるから

  • 2007/09/22(土) 14:54:51

人間関係に特別不安も持たなかったあの頃
誰とでも、仲良くできる、
普通にお付き合いできると考えていたあの頃
友達と語り合い、長い時間を共にするのが楽しかった

でも、それが、ある時、
人は『色々』いるんだと教えられた
それは、間に『子供』が介入してからのこと

人には守るものが出来た時、色々に変わっていく
自然な流れがあるようだ
自分自身のことだけでなく、もう一つ、二つと
一緒に自分のものとして考えるものが増えるからだ

あの時、私は、彼女を大事な友達の一人
自分を解かってくれるだろう友達の一人として接していた
ところが、ある時、子供絡みの事が話題になった
私は、彼女に強制するつもりも全く無く、
ただ、情報として、『こういうこともあるらしいよ・・・』
みたいな話をしたのだと思う
しかし、その情報が、彼女にとって、今までの彼女全てを
−否定−しているがごとく、受け取れてしまった様である
以来、彼女との関係は普通に戻ったとは言え、
未だにギクシャクしている
他でも、彼女は同じ事をしているようだけれど、
今の私には『色々』な人がいるんだと教えてくれたのは彼女だったのだから
と思うようにしている

自分としては何気なく伝えた事が、時に人をキズつけることもある
あの時教えられたそのことは、今でも深く心に刻んでいる

それと同時に、傷つきやすい人は
人を傷つけるのは容易なんだと言う事にも気付いてしまったのだ

人は本当に『色々』だ・・・