忘れてきたものの埋め合わせ
- 2008/06/01(日) 23:54:36

先月15日から、主人の両親が遠方より遊びに来ている
毎年夏休みには、どうにかこうにか安いチケットを手に入れ、
家族4人で北へ出掛けているのだけれど、
今回は、主人の『うつ病』のこともあって、
向こうから遊びに来てくれた
昨年11月から12月に主人の『うつ病』が発覚し、
以来月に1回程度のメディカルクリニックへの通院が始まった
この頃は落ち着いていたのだけれど、
通院初めの頃は、発作的に躁状態になり、泣き出したり、大声を出したり
子供達と一緒に怯える日々もあった
そんな話を主人の母にもしたものだから、
気にしていてくれて、3月に来るはずが延期になったけれど
5月の子供達の運動会を見るという口実も付けて遊びに来てくれた
主人の『うつ病』から、少しずつ、主人の内面が外へ出てくるようになった
鍵っ子だった小さい頃の寂しかった気持ち
親代わりのように育ててくれた、祖母や、叔父が亡くなったことへの計り知れない悲しみ
主人の中に、両親への憎しみや、怒りが
この機会に爆発したりした
病気のせいとも、過去に忘れてきた感情とも
受け取れる主人の行為
押さえ切れない、溜ったものが『バカヤロウ!』と言う罵声と共に
焼酎グラスを壁に投げつけた
妙に冷静に、その親子喧嘩らしき口論を見ていた私
遅れてやってきた反抗期?
親に甘えたかった時期に甘えられなかったその鬱憤?
実の両親を『生みの親』と私に告げた主人
主人にとって、育ての親は、近くに住んでいた祖母であり、叔父達だった
その両方ともが、立て続けにこの世を去った
そのショックも主人にとっては大きかった
実の親子でも
解かり合えないままに過ごしてきた時間は
いつまでも消えることなく、
いつまでも辛い思い出となって心に残るのだろうか?
その埋められなかった時間を
この義父母の滞在は、少し変えてくれたのだろうか?
生身の身体で、言葉で、
ぶつかり合うことが出来たことは、
やはり、少しでも前進出来た事のようにも思う
妙に冷静にこの一部始終を見ていた私は
必然的に、自分と子供達との関係に置き換えてしまう
母親と子供の距離
父親と子供達との距離
主人は自分を乗り越えて、子供達との距離を上手く保つことが出来るのだろうか?
私はどうだろうか?
主人の母は言っていた
『自分では、気付かないうちに、息子には寂しい思いをさせてきていたんだなんて、今の今まで気付かなかった・・・』と
色々な情報がある分、私はそれに少し早く気付くことが出来ていた
人は、いくつになっても、忘れてきたものは取り戻そうとするものだ
遅れても良いから、
気付いて埋め合わせ出来る事が心の安定にも繋がるのではないだろうか?
実はそんなことを考えながら、
義父母の訪問を待ち望んでいたのは私なのだ
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